2001年 |
カイロ中心部では、「デパート」と呼べるようなものはあまり見かけない。小さなお店ばかりだ。
では、そういうショッピングモール的なものはないのかというとそうでもなく、ヘリオポリスやナセルシティなど郊外の新興住宅地に行くと、新しくてきれいな巨大ショッピングモールがいくつかある。
2日目は、子供たちのための施設を訪れダンス披露。自分はビデオ係だったので踊らなかったが、子供たちと片言のアラビア語で話をしたりでき、大興奮だった。
そして夜は、とある外資系ホテルのレストランで、民族舞踊を見ながらのディナー。
カイロ市内に戻ってきて、考古学博物館へ。
ここ、一度くるとわかるけど、あまりにカオスな状態で驚く。
世界的にものすごい遺跡がごろごろ陳列されているところなんだけど、その陳列方法は、「●●町歴史博物館」とか並みだったり・・・。
わずか数時間で汗だくになってたどりついたのは、初日のランチ場所、シーフードレストランだ。
ガイドブックにも乗っている有名店で、クフ王のピラミッドをでて少しのところにある。
ピラミッドから帰ってくる途中、
細い水路沿いに、また新しい高架道路を建設している現場があった。
次に来たときは、このあたりの風景もがらり変わっているのだろう。
カイロ市内からわずか30分ほどでピラミッドに到着してしまった。はやっ!昔もあったのかなあ・・・記憶ないんだけど、西岸では高架のハイウェイのような道路をがんがん飛ばしてきた。
ギザのピラミッドエリアの入場料は50ポンド(約1000円)だ。
目が覚めて、格子窓を開けると、そこはカイロの町並み。
通りでは、まるで喧嘩してるかのような勢いあるアラビア語が飛び交い、建物のベランダでは、上半身裸になったおっさんがまったり涼んでいる。目の前の建物の屋上には大量のにわとり。
ああ、カイロだぁ~!!!
成田発15:30の飛行機は、カイロ空港到着が23:45だ。当たり前だが真っ暗。
・・・してから、もうすぐ8時間。
何度もうたた寝して、ガイドブックとか本とか読んで、お尻痛くなっては姿勢変えて・・・しているうちにやることなくなったので、持参したノートPC「Let's Note」で、写真整理しながら記事書いている。
もうひとつ、「髪型ふんわりツバ広帽子」と一緒にベルメゾンネットで購入したのが、「マルチUVカットボレロ」。
ここ数年、お店でもよく見かけるようになった、半袖とかノースリーブの時に、外出時だけ軽く羽織って日焼け防止するものだ。
上着までは持ち歩きたくないし、暑いから着たくないよねって人向けの、これもある種、夏のアイディア商品といったところか。
エジプト旅行の必須グッズは、やはり「帽子」。
日差しが非常に強く、日中に直射日光を浴びているとチリチリ焼けるような感じだ。
真夏のエジプトは日差しがつよく、帽子は必需品。
ただ、ずっと帽子かぶっていると、頭もむれちゃうし、髪の毛もべったりになってしまう。
エジプトのお金は、かなりぼろぼろだ。特に小額紙幣はひどい。
ところが、実際なくて困るのは小額紙幣だ。
タクシーやスーク、食堂などで「おつりがない」といわれるためだ。両替で受取った大きな金額の紙幣や、ホテルや大きめのレストラン・ショップで崩しておくようにしよう。おつりがない、と言われても、周囲の人に頼めば両替してくれるので、遠慮せずに聞いてみよう。
現在準備中です
自分がエジプトに住んでいた時、市内交通の中心地はタハリール広場にあったバスターミナル。今は周囲をぐるっと囲んだまま工事中の状態が続いている(7年前もそうだったよなあ・・・何やってるんだろう?)
そんな関係もあり、タハリール広場とナイル川に挟まれる形でそびえたつヒルトンホテルにはさんざんお世話になった。
カイロ中心部から南に30kmくらいのところに「ヘルワン」という場所がある。ガイドブックによると保養地としても有名な郊外の住宅地とのこと。
ここには「イタリア人が設計して中国人が作った」という「確かに東洋風ではあるかも」な「日本庭園」があり、自分も昔一度訪れたことがある。
今回もっとも長く滞在したのは、「ペンション・ローマ」というホテル。
ヨーロッパ人観光客の多いホテルで、スタッフも非常に感じよく快適に過ごすことができた。
ツアー終了後、ひとりになった自分はシッタ・ウ・アシュリーン・ヨリヨ(7月26日)通りからムハンマド・ファリード通りをちょっと入ったところにある「ペンション・ローマ」というホテルに移った。
旅先であまり夜歩きまわるのはどうかという声もあるだろうが、エジプトは地元の人も夜更かしだ。日中が暑すぎるので、日が落ちて涼しくなってからのほうが街歩きに適しているのだ。
旅行会社が立ち並ぶエリアを歩き回ったが、ギリシャ行き航空チケットの購入うまくいかず。
暑さダメージも加わり「ボクラ、インシャーアッラー」(明日はなんとかなるさ)とエジプト人的につぶやきながら歩いていたら、ビルの谷間に、沈みかけの夕日が見えた。
7年前にエジプト旅行に来た時、地下鉄に驚いた。
昔、カオス状態の路線バスで、ぎゅうぎゅう詰め状態に耐えて移動していたのが嘘のよう。
一人になってから泊まろうと思っていたホテルが満室だったので、またもやここ。
ヨーロッパ人観光客に人気の高い、アンティークな(実際歴史が長い)「ウィンドソール・ホテル」だ。
今、夕方チェックインしたホテルのラウンジバーでネット三昧中。
午後、ずっと一緒だったエジプトアラブ舞踊研究所のツアー参加者一同と別れ、約3週間のひとり旅が始まった。
カイロでどの風景が好き?と言われたら、日没時のムハンマド・アリ・モスクと答える自分。
眼下にはどこか煙った大都市カイロ。
ナイル川と西岸エリアの向こうには広い砂漠が横たわっていて、地平線にはピラミッドのシルエット。
外国人旅行者や居住者にとって馴染み深いレストランのひとつが「フェルフェラ」。
モハンディシーンなど外国人が多く住むエリアやピラミッド、ナイル川沿いなどにいくつか支店があるが、旅行者にとって行きやすいのは、タラアト・ハルブ通りからちょっと入ったところにあるお店だ。
こ・・・これは・・・!
お土産に買っていきます。
空港に向かう前に、シーフードレストランに。
かなり高価なコース料理になったらしく、魚がエビが、とにかく「もう食べ切れないです!」と叫びたくなるくらいに登場した。
カイロ市内でもたくさん見かけるなつめやし。
ホテルの敷地内にもあって、食べさせてもらったが、甘くてちょっと渋みもあって、柿に少し似た感じ(触感は姫りんごみたいにさくさくしてる)
ちょっと時間があまったので、
ヘンナでタトゥーしてもらうことに。

ずっとサングラスしてて一瞬マッチョな雰囲気かと思いきや、
妙に芸術家肌なおにいちゃん。
かなり繊細に絵柄を書き写していく。
プライベートビーチもあって、1泊2日で帰ってくるにはあまりに惜しいホテル。
出発ぎりぎりまで満喫しなくては!と、朝から気合を入れて水着を着こみ、ビーチバー。

めちゃうま。
いろいろあるエジプト料理の中で、自分が結構好きなものに「フール」がある。
朝食によく食べられるもので、ソラマメをゆでたものに、レモンやオリーブオイル、クミン、玉ねぎを刻んだものなど、いろいろトッピングして、スプーンでつぶしながら食べる。
宿泊したのは、イッ・ダハール内のリゾートホテルで、広い敷地内に低層の建物の客室やコテージが並び、庭にはブーベンビリアが咲き誇る素敵な場所だった。
プライベートビーチもあり、ダンスやダーツゲームといった無料レクレーションも行われていた。
「ここがエジプト?」
シャルムルシェイクやハルガダは、海外でダイビングする人にとっては有名なスポットだが、一般の日本人にはあまり知られていないので、驚く人も多い。
とにかく海がきれい。
沿岸に大都市もなく、川が流れ込むこともないので、透明度が非常に高い。
カイロ到着4日目、紅海リゾート「ハルガダ」に向かった。朝8時のフライトということで、空港に向かうバスの中は、どこかナーミー(眠い)雰囲気が漂っていた。
安くておいしい!
エジプトを代表するファーストフードのひとつが「コシャリ」だが、音と光のショーの後、時間も遅くなってしまったので、ピラミッド近くのコシャリ屋で夕食を食べることになった。
夜は、スフィンクスに隣接するエリアで開催される「音と光のショー」に。
ルクソール「カルナック神殿」の音と光のショーは何度か見ているが、ピラミッドは初めて。・・・じゃなかったかな? 単に記憶から消えているだけか? なんかそんな気もしてきた。

何度見ても、毎日見ても、
決して見飽きるということがないエジプトの夕景。
古代に太陽信仰が起こったのも納得する。
エジプトのスイーツはとにかく甘い!
これはコナーファ。細いそうめんのようなものを揚げていて、真ん中はたぶんピスタチオ。シロップたっぷりだけど、サクサクしていて結構おいしい。
ルクソール・アスワン行きなどはやめ、ラマダーンカイロでまったり過ごすことにした。割とほとんどのところはまわってしまっているので、中州ゲズィーラ島のオペラハウスに行ってみることにした。
タハリール広場に立つ巨大な建物。日本語だと「合同庁舎」とでもいうのだろうか。
いろいろなお役所が入っているそうだが、外国人旅行者にとってはここ「ビザ延長」「再入国手続き」などで訪れる場所だ。
ガーデンシティは、タハリール広場の南側の一帯でナイル川沿い。官公庁などが多いエリアとのことで、警備の警察官や兵士がいたるところにいる。
イスマイリア・ハウスに移ってきた夜、こっちにきて初めてファーストフード店に入った。ホテル近くにあったケンタッキー。
高いのは知っていたが、安いセットでも20ポンド(400円)以上。
すごいなあ、ホテル代の半分だよ!!!
今回もいろいろなホテルに泊まったが、最後はここにした。ガイドブックに「日本人や韓国人の利用が多い」と書かれていたイスマイリア・ハウス。
タハリール広場に面した「SANYO」の看板のあるビルの7階と8階だ。
シッタ・ウ・アシュリーン・ヨリヨ(7月26日)通りにあり、メトロ駅にも近いホテル・クラリッジ。
前回来た時に下見したらよさそげだったので、今回行ってみた。
ふたたび、7月26日通り沿いの「GAD」にやってきた。
ラマダーンの関係で、あまりちゃんとしたものを食べずに過ごしてしまっているので、一人でも勇気だしてちゃんとレストランに入ろうと。
イスラム地区にある「スルタン・ゴーリーの隊商宿」で、タンヌーラ(旋舞)ショーを観ることができるという。
週2回のみだが公的なところが主催のため(観光省とか文化省とかそんなのかな?)無料とのこと。
夜、タンヌーラを観にイスラム地区に行ったときの話。
「スルタン・ゴーリーの隊商宿ってこのあたりだよなあ」と見上げていると、モスクらしい建物の階段登った所にある入口に座っていた男性の一人が、慣れた手つきで手招きする。
カイロには、非常に古い建物が多い。日本だと丸の内周辺でもほとんど見かけなくなってしまった大正・昭和初期の建物のように、外壁や窓周辺などに凝った装飾を施した立派なものがたくさんある。
で、「やっぱ古い建物が残っている街っていいよなあ」と見てる分にはいいのだが、中も古い。
カイロ市内では、いたるところでこんなものを見かける。水飲み場だ。旅行者はミネラルウォーターを持ち歩いているのであまりお世話になることはないが、地元の人はよくこれを飲んでいる。
巨大なモスクが2つ並んで立つサラッディーン・アイユーブ広場あたりにくると、警察車両がたくさん止まっていた。ここも夜はものすごい混雑状態になるのかもしれない。
モスクの特徴のひとつでもある尖塔(ミナレット)。
実は国や時代によっていろいろな形があるのだが、ここエジプトのイスラーム地区では、さまざまな時代のミナレットを見ることができておもしろい。
夜、たまたま訪れたモスクで登らせてもらうことができたんだけど、中は狭いらせん階段になっている。上からの眺めは最高だ。
オスマン朝時代の建物がそのまま残るアンダースン博物館というのにも立ち寄ってみた。
イブン・トゥールーン・モスクに隣接している。
一年も住んでいたのに、結局ほとんど観光せずに過ごしてしまっていた。
今みたいに地下鉄もなく、タクシーをそんなに使えない学生の身分では、移動は人が鈴なりの路線バスを乗り継ぐ他なく、なかなか出かける気力がわかなかった。
エジプトのラマダーンってどんななんだろう?
ギリシャから戻ってきた日、ホテルで仮眠取っていたら夜になってしまった。昼夜逆転というから、21時半過ぎてるけど外出しても大丈夫だろう。
・・・と思ってアタバ方面へ。
9月5日の早朝というか深夜、10日ぶりにカイロに戻ってきた。
ひとつ失敗したのは、前回出国する前に再入国手続きを忘れたことだ。おかげでもう一度、15ドル支払って観光ビザを取得する羽目になった。
今回の旅行には、デジカメをふたつ持ってきた。
ひとつは昨年末に購入した、ニコンの光学ズーム10倍でスイバル式のもの。
ちょっとでかいが、レンズ部分が回転して自由に角度変えられるので、カメラを顔の前に構えなくていいというのが、海外の街中で撮影する時に便利かなと。
前日チケット購入したギリシャ行の便に乗るべく、タハリール広場横のバスターミナルへ。
空港までの大型バスの運行は23時までとガイドブックにあったので、少々慌てた(アズハル公園からの戻りが遅くなってしまったので)。
タクシーだと60£(1200円)以上かかってしまうのだが、リムジンバスを使えば2£(40円)ですむのだ。
ハンハリーリをでて、徒歩でアズハル公園へ。
つい勢いで歩いていってしまったが結構な距離があった。
ハンハリーリには女性でも入りやすいカフェが何軒かある(一般的なカフェは男性中心で女性一人では入りにくい)。フセイン広場に面した所にもあるのだが、自分が好きなのは、旅行関連の雑誌記事などでも登場する「Fishawi」というカフェ。
暑いエジプトを避け、10日間ギリシャ旅行してくることにした。夜遅い便でアテネに発つということで向かったのは、アタバ市場。
次にエジプトに戻ってきた時はラマダーンなので、今のうちに、日中賑やかな市場を写真・ビデオに収めておきたいなあと。
たぶん何箇所かにあるレストランだと思うんだけど、自分が訪れたのはシッタ・ウ・アシュリーン・ヨリヨ(7月26日)通り沿い。赤い看板に「GAD」と書かれていて目立つ。
アハマド一家。
おとといの夜は、アハマドのお姉さんジハーンの家に遊びに行っていたのだが、「アハマドの子供たちが『寝ている間にアティコが帰っちゃった』と大騒ぎだったって」と。
たった二晩なのに、子供たちとも仲良くなれた。
というか、エジプト人は大人も子供もすごく情が深い気がする。
旅行でお土産のこと考えていると疲れちゃうので、自分は最後の1日とかにまとめてどかっと買う方式にしている。
結構真剣に探したのは、アラビア語も勉強始めているという人用に欲しかったアラビア語Tシャツ。
表には「アナ・ムシュ・アイズ」(私は欲しくない!)と書かれている。
これも、昔一度買ったことがあり、今回探していたもの。
文字盤の数字が、私たちが使っているアラビア数字ではなく、アラビア語の数字になっている。
旅行中はほとんどお土産を買っていなかったので(郊外のショッピングモール「シティ・スターズ」で食材買ったくらい)、帰国前日にまとめて買い出しにでかけた。
向かった先はアタバからハンハリーリの間のムスキ通り。
自分の荷物は、重量の大半が「デジモノ」だ。
ノートパソコンにビデオカメラ(ハイビジョン撮影できるちゃんとしたやつ)、デジカメ2台、それらの充電器、あと三脚。
移動もすべて、バスや鉄道を使って自力で行わなくてはいけない個人旅行にしては、正直、荷物が重すぎる。つらい。
最後の夜も、アハマドの家を訪問。イフタール(夕食)をちょっとはずして行ったのだが、自分の分を別途用意してくれていた。
その時一緒にでてきたのがこれ。
名前を忘れてしまったが、ラマダーンの時に飲む飲み物だ。
「私たちは一日の断食が終わった時にまずそれを飲む。そして礼拝をしてから夕食をとる」
カイロ市内には、外貨両替ショップが何軒かある。相場変動のせいかもしれないけど、自分のときは、銀行よりも外貨両替ショップのほうがわずかにレートよかった。まあ本当にわずかなので、目の前に銀行があったら、わざわざ足を伸ばすほどではなかったけど。
帰国前日、念のためEチケットをリコンファームしておこうと思い、タラアト・ハルブ通りにあるエジプト航空のオフィスに立ち寄った。
中に入ろうとした瞬間、ワイシャツ姿の20代と思われる男性が声をかけてきた。
今回非常に助かったのは、エジプトで泊まったホテルすべて、持ち込みノートパソコンでのインターネット接続ができたことだ。
ここイスマイリア・ハウスは1時間4ポンド(30分だと2ポンド)。
2日間、知人アハマド家の客間に泊めてもらい、再びイスマイリア・ハウスに戻ってきたら、シングルに空きがないとのこと。仕方なく60ポンド(1200円)のダブルルームにしたんだけど、ここが妙~に快適だった!!!
フレッシュジュース屋さんに並んでいた「コクテル」。
バナナなど果物をカットしたものが上に乗っていておいしそう。
昔お世話になった大家さんの長女のおうちに訪問。ナセルシティにある。
当時8歳くらいで天使のようなかわいさだった男の子ハイサンは、顎のひげの剃りあとも残る、かなりいい体格した、コンピュータ大好き青年になっていた(右から3人目)。
エジプトでも携帯電話を持つ人が増えたが、海外対応の携帯電話を持っていない旅行者は、公衆電話に頼らざるをえない。そのためにあテレフォンカードが必要。
ちょい近くで写真撮るのははばかられたのでいい写真じゃないのだが、ラマダーン時の夕方、日没後のイフタールの時間帯になると、市内のいろいろな場所で、こんな風に椅子とテーブルが並べられ、無料で食事できるスペースができる。
カイロにはマクドナルドも何箇所かある。
ラマダーン中も日中営業している。ラマダーン時限定の特別セットがあると聞いて行ってみた。
アハマドの奥さんと子供たちと5人で、夜、外出した。
本当はダウンタウンまででかけ、その後親せき宅に行く予定だったのに、急に父親アハマドが「人混みすごいので行かない」といいだしたもんだから、夫婦・親子で大ゲンカが始まり、大変なことに。
アハマドの家のゲスト用寝室を借りて泊めてもらった翌日、目が覚めて部屋をでたら、いきなり子守役なのか家政婦さんなのか、年取った女性がリビングの掃除をしていてびっくり。
ただ家の中はまだ寝静まっているようだったので部屋で静かに日記など書いていたら、実は既に奥さんは出勤していて、アハマドもその間に会社に行ってしまった。
「明日のイフタールにおいで。そのまま泊まっていきなさい」と言ってもらい、約束の5時にお土産のクッキー1kg(多すぎた!)を抱えて訪れたところ、アハマドも奥さんも寝ていて、迎えてくれたのは子供たち。
エジプトでは待ち合わせ時間などにはあまり意味がない。
自分がエジプトに住んでいたのは1991年。17年前だ。大家さんが息子のために同じ建物内に購入していたフラットが空いていて、そこを借りていた。
年取った夫婦と二男の三人暮らしで、大家さん夫婦のムッシュー・サーデクとマダム・サミーラは「一番下の娘」と呼んですごくかわいがってくれた。
マハシは、野菜の中にお米とひき肉を詰めてスープでじっくり煮込んだもの。
ズッキーニやナス、キャベツ、ぶどうの葉、ピーマン、トマトなどで作る(ズッキーニとナスは、中身をくりぬく)。
コシャリ同様、個人旅行者にとって、一人でも手軽に気楽に食べられるのがサンドイッチ。
こっちでは丸いパン(アエーシ)に挟んでくれる。
その中身として一般的なのが、ターメイヤ。
ソラマメを潰して揚げたものだ。
エジプト旅行、特に個人で訪れた場合には必ず一度は食べるだろうというのが「コシャリ」。
勝手に「エジプト版吉野家の牛丼」と呼んでいるが、エジプトの代表的なファーストフードだ。
エジプトの夏は非常に暑い!
とりわけ観光客の場合、ピラミッド周辺やルクソール西岸、最南端のアブ・シンベル神殿など、暑めのところを集中的に訪れることになる。
12時間のフライトが無事成田に到着したのは昼間の12時45分ころ。
曇天だったけど、直前まで猛暑のカイロだったので(日本みたいに「あら今日は涼しいわね」的な天候変化はあまりない)、とにかく涼しく感じた。
空港行のバス。
あちこち停車して空港に至る普通の路線バスもあるが、これは冷房がきいていて、停車も少ない2ポンド(約40円)のバス。
街の中心部タハリール広場横のバスターミナルから出発するのだが、特に「空港行」という看板があるわけでもないので、外国人旅行者には見つけにくい。
一か月はあっという間に過ぎ、最終日は、ちょっとした買い物と、あとはホテルで親しくさせてもらった人に帰国挨拶。
後半は計5日ほど「イスマイリア・ホテル」という日本人・韓国人バックパッカーの多いホテルに泊まっていたんだけど、ラウンジが手頃な広さなこともあり、日本人はじめ他の旅行者ともいろいろ話ができた。
2001年 |